【その013】人間は完璧を求めているのだろうか?
2026/09/05
私はAIエージェントの導入伴走支援を仕事にしている。
毎日、AIエージェントを活用し、人間が創造的に生きれる未来を考えている。
AIの進化のスピードは驚異的だ。
日進月歩で思考処理能力が上がっている。
私自身も色々な処理を試すのだが、その出力された成果品の完成度には日々、驚かされる。
その一方で、AIを使えば使うほどに、出力を見た時に違和感を覚えるようになった。
出力されたものは、根拠も確認でき、合理的で、バランスも取れている。
ただ、どういう訳だか、全く魅力的でないのだ。
面白味もないし、ワクワク感もない。
むしろ、息苦しさを感じる。
これは、ある重要な議題について、AIエージェントを活用しながら、検討していた時のことである。
この時は、AIに調査分析をしてもらい、そこから人間の私が考え、それらを合理的に組み合わせ、人間が動くための方針をまとめるという作業をしていた。
根拠も存在し、情報としては正確で、非の打ちどころがない完璧な成果品が出てきた。
しかし、それを見た時に、私はこの方針で全く動く気にならなかったし、動ける気もしなかった。
私は、AIエージェントに追加で考えを伝え、修正を試みることにした。
だが、いくらやっても見た時の印象は変わらず、むしろ、論点が発散していき、何をしたいのかよく分からなくなるという悪循環に陥ってしまった。
そこで、私は、この作業でAIを使うことを止めた。
最初から、全て自分の頭で考え、形にしていった。
そして、でき上がったものは、AIが作ったものとは、似て非なるものだった。
AIが作ったものと比べれば、内容はスカスカだし、粗もある。
ただ、自画自賛をするわけではないが、人間が作ったものの方が、ワクワク感もあり、未来を感じるものだった。
他の方に見てもらっても、人間が作ったものの方が、断然良いとの反応だった。
なぜ、必ずしも合理的ではなく、完璧でもない人間の方が良かったのだろうか?
理由は、よくよく考えれば分かることだった。
AIは、人間の過去のデータを学習している。
そこから、同じような質問の回答として、最も割合が多いものを出してくる。
つまり、AIとは人間の過去のデータと統計の産物なのである。
過去のものだから、真新しさはない。
統計の最頻値だから、面白さはない。
これらの性質から、AIはこれまでに判明している事実から何かを明らかにすることは強い。
ただ、未来を検討すること、人間がときめくことを検討することには弱い。
要は、AIにもできないことがあり、人間にしかできないこともあるということだ。
そして、今回、私は明確に認識した。
人間は不完全なものにこそ魅力を感じるのだと。
足りないし、拙い。
それでも、人間が自分の言葉で表現したものに心が反応した。
完璧はつまらない、不完全だからこそ面白い。
人間だってそうでしょ?
