【その012】漠然と生きていないか?
2026/08/22
あなたが成し遂げたいものは何だろうか?
あなたが成りたい自分は何だろうか?
そして、これらの問いにあなたは答えられるだろうか?
確かに、いきなり問われると戸惑うかもしれない。
なぜ、そんな質問をされるのか理解できない方もいるかもしれない。
でも、落ち着いて、自分自身と向き合って考えてみてほしい。
現段階においては具体的でなくてもいい。
想い、願いでも構わない。
大切なのは、自分が持っている想いや願いに気づくことである。
それに一体なんの意味があるの?と思われるかもしれない。
しかし、これは大きな違いなのである。
無自覚は不安を生む、自覚は安心を生む。
理由という言葉に置き換えると分かりやすいかもしれない。
理由が分からなければ不安になる。
理由が分かれば安心する。
そして、その安心はあなたの歩みに落ち着きと力強さを与える。
例えば、今、目の前に人生の三叉路が現れたとする。
自分が成りたい姿を自覚をしているあなたは、周囲を見回し、分岐があることに気づき、少し悩んだが、最後は確信を持って細い道を選択した。
逆に、無自覚なあなたは、分岐が同じようにあったのだが、気付くことなく、まっすぐ太い道へと進んでいった。
これはどういうことか?というと、自分の想いや願いを自覚すると、人間は人生の分岐に気づけるようになるのだ。
つまり、チャンスに気付けるようになるということだ。
そのチャンスという分岐に気づいて、意識的に選択をし続けて、望む結果を得られた状態がチャンスを掴んだという状態だ。
チャンスは漠然と生きていてもやってこない。
チャンスは、日常のちょっとした瞬間に隠れている。
そして、その小さな小さな分岐に気づき、選択し、行動した人間にチャンスはやってくるのだ。
チャンスを掴み取った人は、それを意識的にやり続けた人だ。
もし、あなたが自分の人生を少しでも変えたいと思うなら、自分の想いや願いを見出してほしい。
ヒントは、前作の「不安と戦うあなたへ~悩める現代人の哲学の道~」で書かせてもらった。
自分の想いや願いを自覚し、行動した者にチャンスは訪れる。
それは、偶然などではない。
あなたが掴み取った必然の結果なのだ。
