【その006】長い目線で因果を考えられているか?
2026/05/30
環境要素がAIであっても、自分の信念を優先すべきである。
そもそも、AIは人間の負担を軽減し、助けるために存在している。
そして、AIはあくまで一つの手段であり、ツールである。
私たちが驚いてしまっているのは、AIの能力である。
それが、あまりに衝撃的な能力だったものだから、人間のやっていたことを奪い、人間の存在意義が失われてしまうのではないか?と思ってしまった。
つまり、いつ間にかAIの存在目的を忘れ、AIの存在を拡大解釈してしまったということだ。
実はそれだけなのである。
仮に、ただ楽をするためだけにAIで自動化や効率化を人間が進めると、AIは人間の居場所を侵害するだろう。
逆に、人間が革新的な何かを生み出すためにAIに作業サポートをさせるのであれば、AIは人間の強力なパートナーになるだろう。
要は、人間がAIとどのように付き合っていくか次第なのである。
AIを敵にするのかも、味方にするのかも人間次第。
人間がAIと同じフィールドに立ってしまえば、人間はAIと勝負しなければいけなくなる。
数十年レベルの長期視点で、人間とAIの活動フィールドを整理しつつ取り組んでいけば、人間とAIは協力関係になるだろう。
ここでも重要なのは、「自分がどう在りたいのか?」ではないだろうか?
自分が在りたい姿を考える。
自分の望みは?願いは?心の声は?
それを実現するためにAIとどう付き合うのか?
AIを使っているとテクニックや活用事例に目が行きやすい。
それは恐ろしいほどの刺激と快感を覚えることがあるからだ。
その刺激と快感に盲目的に身を任せていいのか?
その刺激や快感に身を任せた先に自分に何が起こるのか想像できているか?
AIに依存してしまうと自分が苦しくなる部分があることを理解しているか?
私はAI否定論者ではない。
むしろ、日々、AIを使い、活用の可能性を探っている。
ただ、AIをそのように使うと、人間にどういう状況が訪れるのか?それを常に考えている。
AIはこの作業を能力的にできる。
でも、この成果物の本質的な目的として、AIがやったら本末転倒ではないだろうか?
このような問いを常に自分に問いながらAIを使っている。
AIは使う人間のリテラシー次第で毒にも薬にも成り得ることを忘れてはならない。
