【第029話】決意の一歩、俺が守りたいもの
2026/02/14
*
真也は息を飲み込み、そして、扉をノックする。
「……はい?」
返事と共にドアが開かれる。
一瞬視線が合うと、結月はすぐに目を逸らした。
「あのさ――」
言葉を発する間もなく、扉は閉じられた。
「今は何も聞きたくない」
扉越しに彼女が告げる。
「……分かった」
真也は扉を背にして座り込んだ。
「放っておいてって言ってるでしょ」
結月は語気を強める。
「……そうは見えない」
「勝手に決めちゃってっさ、あなたに何が分かるっていうの」
真也は固く口を結ぶ。
「みんな勝手、なんでいなくなろうとするの……」
その言葉が放たれた瞬間、黒い闇が視界を包み込んだ。
*
「本当に一人になっちゃった……」
結月は諦めたように微笑む。
(これが、彼が言っていた心界)
辺りを見回すと、どこまでも暗い闇が続いている。
(一生ここから出れないのかな?)
彼女は抱えた膝をギュッと抱きしめる。
(知りたいって思ったのがいけなかったのかな)
目が潤みだす。
(私、やっぱり疫病神なんだ……)
膝に頭をこすりつける。
(私を生んだら母さんが……そして、すぐに父さんも)
手に力が入る。
(おばあちゃんも、藍さんも、かおりさんも、本当のことは教えてくれない)
頬を雫が流れ落ちる。
(彼は手を差し伸べようとしてくれたのに……何であんなことを……)
涙があふれ出る。
「私は……一人で生きてくしかないんだ……」
彼女の泣き声が静かに響きわたる。
(……温かい気配?)
顔を上げる。
「……なんで、あなたがいるのよ」
そこに立っていたのは真也だった。
*
結月はあわてて涙を拭う。
「なんでだろう……俺にも分からない」
真也は苦笑すると彼女の横に腰を下ろした。
お互いに何を言うでもなく、しばし沈黙が包み込む。
「……こんなはずじゃなかったのに」
結月はかすれた声でつぶやいた。
真也はフッと笑う。
「俺と出会ったのが、運の尽きかもね」
「なにそれ?」
結月は一瞬ムッとした表情をしたが、涙顔がほんの少しだけほころぶ。
それを見て真也も表情を和らげる。
「私は……一人でも大丈夫だよ」
結月は寂しげな表情を浮かべた。
真也はしばらく結月を見つめて、ゆっくりと目を閉じた。
「俺も一緒にいる」
「……えっ?」
結月は目を見開く。
「だから、俺も一緒に行くんだ」
二人の視線が合うと、彼女は目をそらす。
「……あなた、そんなこと言う人間だっけ?」
真也も目をそらす。
「分からない。でも、一つだけ伝えとく」
「?」
「俺は君を遠ざけたわけじゃない……君を守りたかったんだ」
彼は顔を上げる。
「君と一緒にいる時は、こんな俺でも楽しいし、不思議と落ち着く」
「……」
「俺はそれを失いたくなかった、それが怖かった」
結月は神妙な表情で真也を見つめる。
「そんな独りよがりが、あの結果……つくづくダメだな、俺は……」
「……そんなことないよ」
彼女は静かにつぶやく。
「私も怖かった」
真也は結月の方を向く。
「また、いなくなっちゃうんじゃないかと思った」
彼は結月を見つめている。
「そしたら、感情を抑えられなくて……ごめんなさい」
結月はうつむく。
「お互い様だよ。俺の方こそ、ごめん」
二人から、フッと笑みがこぼれる。
「似たもの同士、なのかな?」
「だね」
真也は表情を引きしめる。
「俺は絶対にいなくならない。どんな時も君の味方だ。絶対に君を守り抜く」
結月は真也を呆然と見つめていたが、あわててうつむく。
「それ……誰にでも言ってるんじゃないでしょうね?」
「まさか。初めてに決まってるだろ」
彼も赤面してうつむく。
「……そんなこと言ったって、どうしたらいいか分かんないよ」
結月は耳を赤くしている。
「何も考えなくていい。ただ寄りかかればいいんだ」
真也は穏やかに言った。
「……迷惑、かけるかもしれないよ?」
「大丈夫、君からの迷惑なら光栄だね」
目が合うと、二人とも笑いだす。
「……分かったわよ。どうなっても知らないからね」
結月は涙を拭うと立ち上がり、真也に手を差し伸べた。
「じゃあ、背中は任せた」
彼女の震える手を、彼は震えごとつかみ取る。
「任された。君の気が赴くままに」
結月はムスッとうつむいている。
真也がのぞこうとすると握った手がギュッと強くなる。
彼は静かに微笑む。
(この温もりを、決して手放さない)
真也が結月の手を握り返すと、それに応えるように彼女も彼の手を強く握った。
