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【長編小説】君の闇、光へと通ず ~現代異能探偵青春譚~

【第011話】影の真実

「どこから話せばいいのやら」

母は、虚空の一点をじっと見つめていた。

「まずは、あなたたちの関係性からじゃない?」

見かねた久川さんが助け舟を出す。

「そうだな……」

母は小さく息をつき、こちらに目を向けた。

「私の旧姓は“雪峰”。ここにいる哲也は、私の実の弟だ。真也にとっては叔父にあたる」

「そして、ここは私の実家であり、Irisは元々、私たちの両親が営んでいた店だった」

リビングを見回し、在りし日の光景を思い出すように目を細める。

「藍は幼馴染であり、親友でもある。家が近所でね、幼いころからずっと一緒に過ごしてきた」

一瞬、口元に照れた笑みが浮かび、すぐに真剣な表情へ戻る。

「哲也、異能の話は?」

「触りだけだ」

壁に寄りかかった雪峰さんは短く答えた。

「そう。まあ、これを話さないことには始まらないか」

母は、何かを決意するように小さくうなずいた。

「この世には、異能というものが存在している。でも、なぜこんなものがあるのかは、いまだに分かっていない」

胸の中にざわめきが広がる。

(――やはり、その話になるのか)

「ただ、“人の心の闇や潜在的な願望に反応して生まれている”らしい、ということだけは分かっている」

言葉と同時に、母の眼差しが一瞬だけ鋭さを帯びた。

「異能は千差万別。人に、一人として同じ人間がいないようにね。誰しもが例外なく、異能を発現する可能性を秘めている」

「ちなみに、私たち三人は、全員、異能を持っている」

(……やっぱり)

疑念が確信へと変わり、静かに胸の深みへと沈んでいく。

「ただ、実際に発現する人間は少ない。現象自体が小さく、自覚できないことがほとんどだ」

母の声は抑揚を抑えているのに、不思議と重みを増して響く。

「でも、極まれに、その小さな現象に気づき、自覚する者がいる。そうして本人が現象を自覚することで、異能は発現する」

ふと視線を落とす。

「……けれど、それだけじゃない。他者の異能に共鳴し、発現する場合もある。異能は、周囲の強い異能に反応し、大きい現象になることがある」

短い沈黙のあと、母は唇をきゅっと噛みしめ――

「この三人の中で、一番最初に異能を発現したのは私だった」

絞り出すように言葉を吐き出した。

「哲也と藍は、私の異能に共鳴して発現してしまった。そして――真也、あなたもね」

背筋を冷たいものが駆け抜ける。
鼓動が早まり、声を出そうとしても、言葉が喉の奥で凍りついてしまう。

久川さんがそっと母の背に手を添える。

「私たちは、異能の恐ろしさと苦しさを嫌というほど知っている。私たちの両親の話は聞いたでしょ?」

視線でうなずくと、母も小さくうなずき返す。

「だから、あなたに、絶対に私たちのような思いをさせたくなかった」

母はテーブルの上で拳を固く握りしめた。

「真也が生まれるとき、真っ先に考えたのは、あなたが異能に苦しまないように生きてほしいということだった。そのためには、少しでも発現条件を消す必要があった」

声がわずかに震える。

「だから、哲也と藍、あなたの父さんと相談して、私たちは決めた」

壁時計の秒針が、静かな部屋に鼓動のように響く。

「私はそれ以降、自分の異能を扱うことを禁じた。そして、異能者である二人を、真也から遠ざけた」

自分を守るため――頭ではそう理解しても、胸の奥に小さな棘のような切なさが刺さる。

「これは、一縷の望みの賭けだった」

自分を見つめ、静かに続ける。

「でも、やっぱり、あなたは私の子だわ。それは、叶わなかった」

クスッと笑みを浮かべ、穏やかにその目を細める。

「私も異能を禁じたとはいえ、封じ込められるわけじゃない。抑えようとしても、どうしても不安定になる時期がある。今年は夏頃がそうだった」

母の声には怒りと悔しさがにじんでいた。

「そして、その頃から、あなたから異能の気配を感じるようになった。最初は確信できなかったけど、その気配は日に日に強くなっていった」

「それでも私は、直接あなたに聞けなかった。ただ時間だけが過ぎていった」

雪峰さんと久川さんに目をやり、再びこちらに視線を戻す。

「そんな時に、手を差し伸べてくれたのが、哲也と藍だった」

「それによって、あなたが異能を発現していたことを確かめられた」

吐息が深く落ちる。

「哲也と藍にあなたを託すと決めたとき、いつかはこの日が来ると覚悟していた。でも、言えなかった。私は、あなたの可能性すら奪っていたのだから」

「かおり……」

久川さんが母の肩にそっと手を回す。

「藍がそのキッカケをくれなければ、私はいつまでも言えなかったかもしれない」

母はまっすぐ俺を見据えた。
その瞳には、後悔と恐れ、そして決意が複雑に交じり合っている。

「これが、事の顛末よ。あなたに恨まれても、しょうがないわよね」

最後の言葉は震えとともに沈み込んだ。

「……そんなことないよ」

心の中の思いが、自然に言葉となって零れ出る。
それに寄り添うように、温かな灯火が全身へと静かに広がっていった。

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