【第052話】父親という生き物
2026/10/31
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「さっきのお客さん、どういう人なんですか?」
片付けをしながら、結月が藍に尋ねる。
「どういう人って? そうねぇ……まあ、常連さんってところかな」
「それはそうだと思うんですけど、何でいきなりあんなことを聞いてきたんですかね?」
カウンターを拭く結月の表情は読み取れない。
(この子には酷な質問よね)
藍は静かに息を吐く。
「まあ、初対面の女の子に聞くことじゃないわね」
「……」
「どんな意図があるにしろ、父親ってホントに不器用な生き物よね。あんな優秀そうな人でも、家族のことになると、途端にポンコツになっちゃうんだから」
藍は苦笑いするが、彼女に反応はない。
結月がカウンターの椅子を引くと、何かに気づき、しゃがみ込む。
そして、黒革の名刺入れのようなものを藍へ差し出した。
「カウンターの下に落ちてました。さっきの人の落とし物?」
藍はそれを受け取るとカバーを開く。
中身を改めると、本人の名刺の束に加えてメモ用紙のようなものが挟まっている。
藍の表情が一気に険しくなる。
「これは……」
*
倉田は古い雑居ビルの前で立ち止まる。
周囲に目を配ると、入口から中へと入っていく。
しばらく薄暗い廊下を歩くと高村が出迎える。
「いつでも行けます」
「配置は?」
「ここの守りは私と井川のチームが、他は外に出しています」
倉田はうなずく。
「表の役者も揃った。丁重にお出迎えしろ。鋼の狼は俺がやる」
奥から老人が現れる。
「行くのか?」
「先生……」
「本当にいいのか? お前たちなら家族をつれて逃げることだってできるんだぞ」
倉田は首を横に振る。
「今更ですよ。俺たちは、おやじに大恩がある。おやじが育んできた芽を、魂を、あんな連中の好き勝手にさせるわけにはいかない」
「……」
「それに、ノクスから逃げ切ることもできない。俺たちが悪役を演じ切れば、家族も仲間たちも、奴らの毒牙にさらされることもない。さっきも神頼みの保険を一つ、かけてきたところです」
老人は眉間にしわを寄せ、倉田を見つめている。
彼はそんな老人の肩に手をのせる。
「俺たちは、子供たちがより良い未来を生きられるようにしたい。そのためなら、俺たちは喜んで命をかけますよ」
倉田は穏やかに微笑んだ。
「さっ、もうすぐ、最後の演目が始まります。先生は裏口から、この場を離れてください。あとは頼みます」
そう言うと彼は暗い地下へと階段を下りていった。
