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【長編小説】君の闇、光へと通ず ~現代異能探偵青春譚~

【第017話】運命の出会い

あの日以来、黒猫は姿を見せなくなった。

“来る者を拒まず、去る者を追わず”

そう決めている自分でも、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚が残っていた。

――友達がいなくなるって、こういう感じなのかもしれない。

そんなことを思いながら、土曜の昼下がり、Irisへと向かって歩く。

バイトを始めてから、もうすぐ一ヶ月。
いろんな出来事があり過ぎて、最初の頃がもうずっと昔のように思える。

店の前まで来ると、扉の向こうから女性の話し声が聞こえてきた。

(休憩時間のはずだよな?)

雪峰家の玄関へ回り込み、そっと店内を覗く。
久川さんと、見知らぬ女の子がカウンター越しに何かを話している。

(……新しいバイトの子、かな?)

胸の奥で、少しだけ小さな波が立つ。
けれど、俺は俺だ。いつも通りにやるだけ。

そう思い直し、玄関の扉を静かに開いた。

制服に着替え、カウンター裏の扉の前に立つ。
まだ中から笑い声が聞こえる。

女性同士の会話に割り込むのも気が引けるが――

(まあ、準備もあるし、入るしかないか)

ドアを開けると、談笑がピタリと止み、視線がこちらに集まった。

「こんにちは、自分、準備しておきますね」

軽く会釈して、掃除用具に手をかける。

「ちょうど良かったわ」

久川さんがポンと手を打った。

「?」

「今日からバイトで入る来栖結月ちゃんよ」

その名の方へ視線を向ける。

サラッとした漆黒の髪。
きりっとした目元。
どこか冷たさを帯びた静かな美しさ。

“容姿端麗”という言葉が頭に浮かぶ。

「はじめまして。日影です」

空かさず挨拶する。

「真也くんと同い年みたいだから、仲良くしてあげてね」

久川さんの言葉に、来栖はわずかに頷いた。

「じゃあ、結月ちゃんの制服を合わせてくるから、真也くんは店内お願いできる?」

「了解です」

「ありがとう。結月ちゃん、こっちへ」

二人が奥へ消えると、急に静けさが戻った。

「ふぅ……」

小さく息を吐く。
俺が入った途端、会話が止まった気もするが――

(まあ、気にしても仕方がない。俺は淡々とやるだけだ)

クロスを濯ぎ、いつものテーブル拭きへと向かった。

備品の補充を終える頃、二人が戻ってきた。
来栖はIrisの制服に袖を通している。

控えめな照明に、白いブラウスの襟元がやわらかく光を反射していた。
その立ち姿は凛としていて、思わず見惚れてしまう。

「ジロジロ見ないでよ」

投げやりに言葉が放たれる。

「ごめん、見とれてた」

言葉が出た瞬間、自分でも驚いた。
来栖は一瞬目を大きくしたが、すぐに視線を逸らす。

頬にわずかな赤み――
怒っているというより、照れているようにも見えた。

「なるほど、かおりが言ってたのはこういことね」

久川さんが小さく笑う。

(……俺、何かやらかした?)

「素直なのは君の美徳だけど、反応に困っちゃう時もあるのよね」

「ど、どういう意味ですか?」

「しかも、自覚なし」

久川さんの肩が軽く揺れる。

「まあいいわ。午後の開店まで時間がないし、フロア対応をざっと説明しちゃうわね」

「はい」

そう言って、仕事の確認を始める。

(何だか、俺、アウェーだな)

開店すると、来栖は別人のように明るく笑い、丁寧に接客をしていた。

初日とは思えないほど、自然でテキパキとした動き。
そして、客の表情を読み取り、言葉を添える。

(……こりゃ、負けてられないな)

奥の窓際のお客さんが店員を呼びたそうにしている。
向かおうとすると、すでに彼女が動いている。

(視野も広いと……)

これは、自分がクビになる日も近いかもしれない。

「店員さん、スペシャルブレンドください」

「はい、スペシャルブレンドですね。お持ちしますので、少々お待ちください」

気を取り直して、オーダーをカウンターへと伝えた。

閉店後――

「どうだった?」

久川さんの問いに、来栖は少し息を弾ませて答える。

「とっても楽しかったです」

その笑顔には、緊張と達成感が混ざっていた。

「そう、それなら良かった」

久川さんも穏やかな笑顔を彼女へ送る。

「仕事ぶりもとっても良かったわ。お客さんの様子をよく見ててくれたから、安心してカウンターの仕事ができたわ」

「そう言ってもらえてうれしいです」

来栖も安心した表情を浮かべる。

(すごいな、たった一日で久川さんの心を掴むとは……)

「でも、無理して飛ばし過ぎないようにね。三人いるから、もっと力を抜いても大丈夫よ」

そう言って、久川さんは彼女の肩を揉む。

「大丈夫ですよ、無理はしてないので。明日も頑張ります」

二人の会話が、冬の店内に柔らかく響く。

ブラインドを下げようと手を伸ばすと、窓ガラス越しに冷気が伝わってくる。

(今日の俺、空気だったな……)

結露したガラスを指でこする。

気のせいかもしれないが、そこに写った来栖と一瞬視線が合った気がした。

これが、俺と来栖結月の最初の出会いだった。

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