【第014話】腐れ縁
2025/11/01
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今日は、新学期の初日。
午前で学校が終わりということもあり、クラスメートたちは足早に教室を後にしていった。
日直の仕事を終え、教室を見回すと、もう誰もいない。
皆、思い思いの青春を謳歌しているようで何よりだ。
一人、帰り支度をしつつ、ホームルームで配られた紙に目を落とす。
“進路希望調査”
高校生活も折り返し地点を越えた。
一年と少しで、この場所を離れることになる。
その“先”を決めなきゃいけないらしい。
うちは一応“進学校”と呼ばれている。
誰が言い出したのかは知らないが、教師も生徒も、なんとなくそれを信じ込んでいる。
今日もどこの大学がどうだとか、そんな会話が飛び交っていた。
やはり進学を考えてる人間が多いらしい。
ただ、俺にとっては、少々頭の痛い話だ。
生きるだけでも精一杯なこの状況で、未来を考えろと言われても……正直ピンとこない。
(まあ、ここで悩んでも仕方ない)
調査用紙を鞄にしまいかけたところで、聞き慣れた声が飛んできた。
「いたいた! 真也!」
相変わらず騒がしい。
「なんだよ」
「“なんだよ”はないだろ? もう少し愛想よくできないもんかね?」
「お前に愛想振りまいてどうすんだよ?」
「これだよ……」
そう言って、肩をすくめて見せる。
この男は“長谷川 明”。
切っても切れない腐れ縁の幼馴染だ。
「不愛想なのは俺だけにしとけよ」
「もちろん、お前だけだ」
「はいはい、そうですか」
拗ねたように口を尖らせているが、こんなことで堪えるタイプではない。
教室を出て、二人で階段を降りる。
「お前、進路どうすんだよ?」
「どうって言われてもな。そういう、そっちはどうなんだ?」
「う~ん、分からん」
「……」
これはお互い、先が思いやられる。
「真也は大学行く気あんのか?」
「ん~、大学行ってもやりたいことないしなぁ」
「それな! お前、大学どころか人生すら諦めてるもんな!」
「お前な……」
ほんの少しムッとしながらも、否定しきれない自分がいる。
これでも俺なりに必死に考えてる。
「それよりも、その先で何がしたいかじゃないか?」
「その先ねぇ」
靴を履き替えながら、明は妙に真面目な表情で考え込んでいる。
「確かに、夢と現実は違うからな。生活ができなきゃ意味がない」
お茶らけてるように見えて、こいつは意外とリアリストだ。
大学進学に迷うのも、その“先”と結びつかないからなんだろう。
かたや俺は――未来のビジョンすら浮かばない。
「“生活できなきゃ”か。あいつのこと考えてるのか?」
「まあな。何だかんだ言いながらも、あいつがいない生活なんて考えられない」
「それはまた、お熱いことで」
“あいつ”とは、これもまた、俺たちの幼馴染である。
どうやら、最近、遂に付き合いはじめたらしい。
付き合う?
お前たちに今さら、付き合うも何もないだろう。
そもそも、こいつらは小さい時から一緒にいた。
実態に形式が追いついたという方が適切だろう。
まさか、幼馴染制度を実際に目の当たりにするとは……
「そういう真也は、彼女欲しいとかないのかよ?」
「興味ないな。なんで他人のために労力を使わなきゃなんないんだよ?」
「はぁ~、お前って本当にそういう奴だよな」
本気で呆れているらしい。
「パートナーってそういう存在じゃないだろ? 一緒にいるからこそ見えるものもあるって」
「でも、結局、人生は自分で歩くもんだろ。誰かと一緒に生きたって、人生が合体するわけじゃない」
「まあ、それはそうなんだが……、一緒に生きることで掴めるものもあるっていうか、損だけじゃないと思うんだけどなぁ」
こいつの言いたいことも分かる。
俺も損だけとは思っていない。
でも、俺は他人に関心がない上に、人に合わせることも苦手だ。
“強いなければ”できないわけで、続けるとなれば、さらにしんどい。
「お前も、本当に大切な人ができたら分かるよ」
「本当に大切な人、ね……」
そんな人、いるんだろうか?
まったく想像がつかない。
「そうだ、真也、昼メシどうすんだ? 久々に、牛丼でも行くか? 今日、キャンペーンやってんだよ」
「あー、悪い。この後、バイトなんだ」
「バイト!? お前が!?」
あからさまに驚く顔に、ちょっと腹が立つ。
「俺だってバイトぐらいする」
「こんな不愛想を雇ってくれるとは……天変地異の前触れか?」
「今日の夜、雪予報だな」
「あぁ、天もさぞ驚いてるらしい」
こじつけすぎだろ。
「で、どこでバイトしてんだよ?」
「秘密だ。冷やかしは御免だからな」
「ケチ」
言葉とは裏腹に、なんだか嬉しそうだ。
ほんと、昔から変わらない。
「尾行するなよ」
「えっ?」
「顔に書いてある」
この男は昔から顔に出る。
変わらないその一面に、なぜか少しだけ安心した。
――あのときは、ただの“いつもの放課後”だと思っていた。
けれどその日を境に、俺たちの日常は、静かに形を変えていくことになる。
 