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【長編小説】君の闇、光へと通ず ~現代異能探偵青春譚~

【第014話】腐れ縁

今日は、新学期の初日。

午前で学校が終わりということもあり、クラスメートたちは足早に教室を後にしていった。
日直の仕事を終え、教室を見回すと、もう誰もいない。
皆、思い思いの青春を謳歌しているようで何よりだ。

一人、帰り支度をしつつ、ホームルームで配られた紙に目を落とす。

“進路希望調査”

高校生活も折り返し地点を越えた。
一年と少しで、この場所を離れることになる。
その“先”を決めなきゃいけないらしい。

うちは一応“進学校”と呼ばれている。
誰が言い出したのかは知らないが、教師も生徒も、なんとなくそれを信じ込んでいる。

今日もどこの大学がどうだとか、そんな会話が飛び交っていた。
やはり進学を考えてる人間が多いらしい。

ただ、俺にとっては、少々頭の痛い話だ。

生きるだけでも精一杯なこの状況で、未来を考えろと言われても……正直ピンとこない。

(まあ、ここで悩んでも仕方ない)

調査用紙を鞄にしまいかけたところで、聞き慣れた声が飛んできた。

「いたいた! 真也!」

相変わらず騒がしい。

「なんだよ」

「“なんだよ”はないだろ? もう少し愛想よくできないもんかね?」

「お前に愛想振りまいてどうすんだよ?」

「これだよ……」

そう言って、肩をすくめて見せる。

この男は“長谷川 明”。
切っても切れない腐れ縁の幼馴染だ。

「不愛想なのは俺だけにしとけよ」

「もちろん、お前だけだ」

「はいはい、そうですか」

拗ねたように口を尖らせているが、こんなことで堪えるタイプではない。

教室を出て、二人で階段を降りる。

「お前、進路どうすんだよ?」

「どうって言われてもな。そういう、そっちはどうなんだ?」

「う~ん、分からん」

「……」

これはお互い、先が思いやられる。

「真也は大学行く気あんのか?」

「ん~、大学行ってもやりたいことないしなぁ」

「それな! お前、大学どころか人生すら諦めてるもんな!」

「お前な……」

ほんの少しムッとしながらも、否定しきれない自分がいる。

これでも俺なりに必死に考えてる。

「それよりも、その先で何がしたいかじゃないか?」

「その先ねぇ」

靴を履き替えながら、明は妙に真面目な表情で考え込んでいる。

「確かに、夢と現実は違うからな。生活ができなきゃ意味がない」

お茶らけてるように見えて、こいつは意外とリアリストだ。
大学進学に迷うのも、その“先”と結びつかないからなんだろう。

かたや俺は――未来のビジョンすら浮かばない。

「“生活できなきゃ”か。あいつのこと考えてるのか?」

「まあな。何だかんだ言いながらも、あいつがいない生活なんて考えられない」

「それはまた、お熱いことで」

“あいつ”とは、これもまた、俺たちの幼馴染である。
どうやら、最近、遂に付き合いはじめたらしい。

付き合う?
お前たちに今さら、付き合うも何もないだろう。
そもそも、こいつらは小さい時から一緒にいた。
実態に形式が追いついたという方が適切だろう。

まさか、幼馴染制度を実際に目の当たりにするとは……

「そういう真也は、彼女欲しいとかないのかよ?」

「興味ないな。なんで他人のために労力を使わなきゃなんないんだよ?」

「はぁ~、お前って本当にそういう奴だよな」

本気で呆れているらしい。

「パートナーってそういう存在じゃないだろ? 一緒にいるからこそ見えるものもあるって」

「でも、結局、人生は自分で歩くもんだろ。誰かと一緒に生きたって、人生が合体するわけじゃない」

「まあ、それはそうなんだが……、一緒に生きることで掴めるものもあるっていうか、損だけじゃないと思うんだけどなぁ」

こいつの言いたいことも分かる。
俺も損だけとは思っていない。

でも、俺は他人に関心がない上に、人に合わせることも苦手だ。
“強いなければ”できないわけで、続けるとなれば、さらにしんどい。

「お前も、本当に大切な人ができたら分かるよ」

「本当に大切な人、ね……」

そんな人、いるんだろうか?
まったく想像がつかない。

「そうだ、真也、昼メシどうすんだ? 久々に、牛丼でも行くか? 今日、キャンペーンやってんだよ」

「あー、悪い。この後、バイトなんだ」

「バイト!? お前が!?」

あからさまに驚く顔に、ちょっと腹が立つ。

「俺だってバイトぐらいする」

「こんな不愛想を雇ってくれるとは……天変地異の前触れか?」

「今日の夜、雪予報だな」

「あぁ、天もさぞ驚いてるらしい」

こじつけすぎだろ。

「で、どこでバイトしてんだよ?」

「秘密だ。冷やかしは御免だからな」

「ケチ」

言葉とは裏腹に、なんだか嬉しそうだ。
ほんと、昔から変わらない。

「尾行するなよ」

「えっ?」

「顔に書いてある」

この男は昔から顔に出る。
変わらないその一面に、なぜか少しだけ安心した。

――あのときは、ただの“いつもの放課後”だと思っていた。
けれどその日を境に、俺たちの日常は、静かに形を変えていくことになる。

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