【第013話】星空の回廊
2025/10/25
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「真也と街を一緒に歩くなんて久しぶりね」
「小学校以来じゃないかな」
Irisをあとにし、母と家路につく。
歩き始めたものの、何を話せばいいいのか分からない。
親子というよく知った間柄であるはずなのに、初対面の人間と一緒にいるような気分である。
困ったことに、お互い饒舌ではない。
沈黙がやけに重く長く感じる。
「藍に感謝しなきゃね」
母はふとつぶやいた。
「こんなに清々しい気持ちはいつぶりだろう。今日は星がきれいね」
「うん。冬の大三角形が良く見える」
声のトーンはいつも通りだが、素直な感想を述べる母は新鮮である。
「そういえば、昔はよく、あなたと星を見たわね」
「そうだった。懐かしいね」
幼少時代の記憶に思わず顔がほころぶ。
「母さん、星好きだよね」
「うん、好き」
静かで淡々としているが、意思はこもっている。
でも、以前ような何かを抑える緊張感はない。
こんな他愛のない会話も初めてかもしれないな。
「おかげで星の名前も覚えたよ」
「そう」
返事はそっけないが、どこか嬉しそうだ。
「母さんとこんな風に話せるって新鮮だよ」
「そうね」
「そう思うと、異能に出会ったのも悪いことばかりではないかもね」
彼女の表情が曇る。
「気にしすぎだよ」
「……」
「俺は恨んでなんかない。むしろ、やっと素の母さんと出会えて良かったよ」
母はぽかんと口を開けて固まっている。
「どうしたの?」
「いや、う~ん……」
そういうと額に手を当て考え込みだした。
「素直に嬉しかったんだけど……そういうところは父さんに似てしまったのね」
「?」
「ちょっと複雑だわ」
何かを憂うように母はつぶやき、小さくため息をついた。
「それはともかく、私たちも前を向かないとね」
母は顔を上げ、覚悟を決めるように言った。
「うん」
自分もそれには同意だ。
「でも、どうしたらいいんだろ」
素直な疑問が口から零れ出る。
「そうね。あなたも気づいてるだろうけど、異能はなくせるものじゃない。だから、付き合い方を覚えてく必要がある」
「付き合い方ね」
彼女は静かにうなずく。
「異能は自覚の仕方が重要。できるだけ、その異能の本質を見極めて、正確に理解することが安定につながる」
「異能の本質……」
「異能は、自覚さえしてれば誤解した状態でも扱える。でも、その誤解が本質から離れるほど不安定になり、暴走を招くこともある」
母の目が一瞬鋭くなる。
「真也がやらなきゃいけないことは、真也の異能の本質を見極めること」
「……うん、それは分かったんだけどさ、具体的にどうすればいいの?」
「まあ、“心界”に行くしかないでしょうね」
「“しんかい”?」
耳慣れない言葉が頭を通り過ぎてゆく。
「異能が形成する精神世界のようなものよ。ただ、心界に入る感覚を掴むのは容易ではないわ」
「でも、やるしかないんでしょ?」
「うん、それが一番確実」
母はそれに確信を持っているようだ。
「容易ではないけど、感覚を掴む方法はある」
「というと?」
「他人の心界に一緒に入るの」
「えっ?」
それは自分の心界に入るよりも難しい気がするのだが。
「正確には、他人の心界に強制的に巻き込まれるといった感じ」
「巻き込まれるって……」
「まあ、最後まで聞きなさい。私たち3人は、自分の意志で心界を出入りできる。その時に異能の共鳴効果を利用して、あなたの異能を巻き込んで心界を開く。その状況だと異能同士がリンクしているから感覚も伝わる。その経験を繰り返すことで感覚を掴んでいく」
また、よく分からない理論が並び、行き場のない言葉が頭の中を右往左往している。
「という感じよ」
「うん、まったくイメージが湧かない!」
丁寧な説明ではあったが、率直な感想を返す。
「そうでしょうね」
母も納得している。
こちらが置いてきぼりになる感覚は雪峰さんとよく似ている。
さすがは姉弟。
「この話も、年明けからにしましょ。年末年始くらいは落ち着いて過ごしたい」
これまでの気疲れが口調にも表れる。
それには激しく同意だ。
今年は色々あり過ぎた。
「でも、大変ではあったけど、あなたの成長を感じられたのは本当に嬉しいわ。大きくなったわね」
そう言ってもらえるのは嬉しいけど、子供の方からすると、どんな反応をしていいか分からない。
「さっ、このオムハヤシを早く持って帰らないと。駄々をこねられたら、めんどくさい」
「そうだね」
父のその姿が容易に浮かぶ。
母の足取りが少し早くなった。
自分もそれに歩調を合わせる。
ふと、空を見上げると北極星が目に入る。
ちらっと横を覗くと母もそれを見つめているようだった。
 