アルファエイトスタジオのテーマ

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【エッセイ】不安と戦うあなたへ ~悩める現代人の哲学の道~

【その10】誠実とは? ~人を写す鏡、誠実の真意~

誠実とはいったい何だろうか?

人間や物事に真摯に向き合う姿勢といったところだろうか。
珍しく、冒頭で結論が出てしまったではないか?

では、今回はこれで終わり。とはいかないのである。
誠実という言葉の意味を、一言で表すならば、この通りである。

しかし、誠実というのは、人の在り様を表している。
何が言いたいかといえば、他人が感じる印象であるということだ。
自分自身が誠実を意識して、言動をしたとしても、他人がそう感じてくれるかは別問題である。

今回考えていきたいのは、誠実という言葉の意味ではなく、誠実であることが他人や物事にどのように作用するのか?である。

私も誠実に対応したいとは常々思っている。
ただ、時には失念し、時には誤解され、といった感じで扱いの難しさを感じている。

では、なぜ、誠実は扱うのが難しいのだろうか?

理由は、単純である。
他人を思いやる必要があるからである。

つまり、ただ、まじめに、ひたむきに向き合うだけでは、誠実とはならないのである。
誠実は、捉え方を間違うと、自分の物差しの押し付けにしかならない。

そもそも、誠実の大前提としてあるのが、相手を大切にし、尊重する心である。
そして、相手やその周囲も含めて貶めない倫理観も必要となる。

相手を「尊重する心」と「貶めない倫理観」、この2つが揃ってはじめて、誠実の心構えとなる。
この心構えを前提として、相手の立場や状況を推察し、それを考慮した言動をしていくことが、誠実であるという状態である。

ただ、人は千差万別である。
一人として同じ人間はいない。

どれだけ、相手の立場や状況を推察しても、相手のすべてを理解できるわけではない。
だから、その推察が足りなかったり、観点が外れていたりすると、誤解を生む場合もある。

それでも、そうしようとする姿勢自体が相手に伝わり、誠実さを感じてくれる場合もある。

人間は、そもそも誤解をする。
人付き合いにおいては、誤解はつきものであり、基本的に誤解をされているものだと考えた方がよい。

そう考えると、「誠実に努めようとする姿勢」こそが、誠実であるということなのかもしれない。

すでに、お気づきの方もいるかもしれないが、誠実であるということは、意識をしないとできないことだ。
だからこそ、誠実さは、相手にも態度や姿勢となって伝わる。

想いは細部に宿るのだ。

冒頭でも述べたように、誠実であるということは、人の在り様である。
つまり、自分自身がどういう人間で在りたいのかということだ。

他人が誠実でないからといって、自分も誠実を欠いていいわけではないのだ。

誠実さは、その時だけではなくて、積み重ねが大事である。
人間性は、思考と行動の積み重ねにより形成される。
それは、社会人になってからも例外ではない。

積み重ねてきた人間性は、人相や雰囲気となって、相手に伝わる。
誠実さに関していえば、見る人が見れば、初対面であっても分かる。

誠実な対応の積み重ねは、長い時間を経て、信頼へとつながる。
たとえ、相手から低気圧な対応をされたとしても、自分は誠実な対応をする。

その姿勢、その人間としての在り方が、いずれ、相手に響く時が来る。
それは、家族でも、恋人でも、友達でも、同僚でも、同じである。

相手が誰であれ、誠実に向き合い、対応する。

誠実な人には、自然と誠実な人が集まる。

私は、自分自身が誠実な対応をして、相手も誠実な対応をしてくれたと感じたら、とてもうれしい。
だから、誠実な人たちと過ごす時間には、損得勘定がない。
そして、損得勘定がない人間関係は、安心感も生む。

現代社会においては、資金がなければ生きていけないという事情もあり、無意識に損得勘定をしてしまうところがある。
ただ、損得勘定を含む人間関係は、殺伐としていて、味気がない上に、疲れる。

さらに、損得勘定は時間の流れすらも急かさせる。
急かされた時間は、人間の考える余裕すら奪う。

そして、人間は誠実さを忘れるのだ。

誠実さを忘れた人間たちが形成する社会は、どんなものになってしまうのだろう?
今、私たちが生きる現代社会は、その方向に向かっていると感じるのは、私だけであろうか?

自分が得ることだけを考え、他人に与えることを忘れた社会である。
ここでの“与える”とは損得勘定がない無償のものである。

私も、生きていかなければならないから、仕事においては最低限の損得勘定をする。
ただ、損得勘定は仕事だけで十分だ。

そして、どんなに殺伐とした社会であったとしても、自分は誠実で在りたい。

これは、自分の意志である。
自分が、そう在ろうとすれば、そう在ることができる。

私は、誠実な人が好きだ。
だから、自分が誠実であれば、自分自身も好きになれる。

これは、ナルシストとは違う。

自分自身を自分で受容するということだ。
誠実さは、相手だけでなく、自分自身にも伝わるものだ。

そして、真実もまた、誠実な思考のもとでないとたどり着けない。

自分自身に対しても誠実であれ。
まずは、自分自身に誠実に向き合うことから。

あなたが、自分自身に向き合う態度は、他人への態度となって現れる。

あなたは他人に誠実に向き合えていますか?

あなたは自分自身に誠実に向き合えていますか?

次回は、救いと安らぎの源「幸せ」について考えていく。

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