【第019話】大人の女?
2025/12/06
「鷲尾さん」
「なんだ?」
「まったくできる気がしないんですが……」
「何言ってんだよ、世間話の体で話しかけるだけじゃねーか」
ゆかりは信じられないと言わんばかりに突き返す。
真也は眉間にしわを寄せている。
「男だろ? 今更、ゴチャゴチャ言ってんじゃねーよ。上手くいったら、お姉さんとの魅惑時間が待ってんだぞ」
そう言いながら、左手で真也の頬を撫でようとしたが、真也はそっぽを向く。
「あのですね、俺は人に話しかけるのが――」
「だー、男のクセにナヨナヨしてんじゃねーよ。そんなのほっときゃいいんだよ」
真也の背中に張り手をくらわしながら、ゆかりは恫喝した。
「ゆかり、それに関しては同感だけど、真也一人に任すのは得策じゃないと思うわ」
様子を見守っていたかおりが口をはさむ。
真也は口を尖らせて、かおりを見つめている。
「じゃあ、どーすんだよ? 異能が分かってるヤツじゃないと頼めないだろ? しかも、同じ高校でだ」
ゆかりは、かおりの方を向き、投げやりに言葉を飛ばす。
「それなんだけど、結月ちゃんにも頼んでみない?」
「えっ!?」
真也は驚き、ゆかりは顔をしかめた。
「あぁ~、そりゃあ頼めるもんなら、頼みたいけどさ……姉御も知ってんだろ?」
ゆかりの語気が一気に弱くなる。
かおりも腕を組み、天井を見つめた。
「だろ? あたしにはできない」
「やっぱりダメよねぇ。ゴメン、忘れてちょうだい」
かおりはあっさりと意見を取り下げた。
「母さん、そもそも、なんで来栖なの??」
真也はおそるおそる質問した。
かおりは、一瞬、ハッとした表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。
「う~ん、何となくかな? あなたより、上手くやりそうな気がしたのよね」
「……」
真也は、険しい表情で組んだ指をピクつかせている。
「とにかく、今はこいつに賭けるしかない。お前も腹くくって、男見せろよ!」
ゆかりは、再度、真也の方を向くと、一際盛大な張り手を背中に叩き込んだ。
「……頑張ります」
真也は絞り出すように宣誓する。
「よし!」
真也の宣誓を確認すると、ゆかりは勢いよく立ち上がった。
そして、何かを思い出したのか、ポケットからスマホを取り出した。
「そうだ、連絡先!」
「これでいいですか?」
真也もスマホを取り出し、画面をゆかりへ差し出す。
「ああ、オーケー、登録した」
ゆかりは、真也の耳元へ顔を近づけ、小声で何かをささやいた。
真也は赤面して後ずさる。
ゆかりは、してやったりという表情を浮かべている。
「あんまり、うちの子に変なこと、吹き込まないでよね」
かおりはあきれ顔でたしなめる。
「やだな~姉御、大人の女を教えてやろうってだけだろ」
ゆかりは、真也の顔をグッと抱きよせ、胸に押し当てる。
「はぁ、それが問題だと言ってるの……だけど、あなたにかかれば、この子の人間嫌いも治るかもしれないわね」
「そうだろ、そうだろ! こいつはいじめがいがありそうだしな!」
ゆかりの腕に更に力が入る。
「んー!」
真也は引きはがそうと必死に抵抗している。
かおりは大きくため息を吐いた。
「それと、ゆかり。協力させるんだったら、もう少し説明しといた方がいいんじゃない?」
彼女はゆかりを指指しながら口調を強めた。
「いっけね、忘れてた」
ゆかりの腕の力が一気に緩む。
真也も空かさず、ゆかりから距離を取る。
「はぁ……、はぁ……」
「大人の女なら、その辺りも抜け目なくなさい」
「う~ん、姉御は痛いとこ突くなぁ」
ゆかりは渋い表情を浮かべていたが、ニヤッと笑うと真也の頬へと手を伸ばす。
「じゃあ、この続きは二人っきりで――いでで!!」
かおりが、ゆかりの耳を引っ張って静止する。
「ほら、真面目にやる」
「分かった! 分かったから!」
かおりが手を離すと、ゆかりは床へとへたり込んだ。
「いでで……姉御のは昔から痛えんだよぉ……うぅ、気を取り直して、確認するかぁ」
ゆかりは、意気消沈の様子で、耳をさすりながらバックへ手を伸ばす。
真也は冷めた目でかおりとゆかりを見つめている。
「えっとだな、名前は……」
ゆかりはタブレットを取り出すと、いきなり始めだす。
真也も慌ててノートを取り出し、新たなページを開くのだった。
