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【長編小説】君の闇、光へと通ず ~現代異能探偵青春譚~

【第013話】星空の回廊

「真也と街を一緒に歩くなんて久しぶりね」

「小学校以来じゃないかな」

Irisをあとにし、母と家路につく。

歩き始めたものの、何を話せばいいいのか分からない。
親子というよく知った間柄であるはずなのに、初対面の人間と一緒にいるような気分である。

困ったことに、お互い饒舌ではない。
沈黙がやけに重く長く感じる。

「藍に感謝しなきゃね」

母はふとつぶやいた。

「こんなに清々しい気持ちはいつぶりだろう。今日は星がきれいね」

「うん。冬の大三角形が良く見える」

声のトーンはいつも通りだが、素直な感想を述べる母は新鮮である。

「そういえば、昔はよく、あなたと星を見たわね」

「そうだった。懐かしいね」

幼少時代の記憶に思わず顔がほころぶ。

「母さん、星好きだよね」

「うん、好き」

静かで淡々としているが、意思はこもっている。
でも、以前ような何かを抑える緊張感はない。

こんな他愛のない会話も初めてかもしれないな。

「おかげで星の名前も覚えたよ」

「そう」

返事はそっけないが、どこか嬉しそうだ。

「母さんとこんな風に話せるって新鮮だよ」

「そうね」

「そう思うと、異能に出会ったのも悪いことばかりではないかもね」

彼女の表情が曇る。

「気にしすぎだよ」

「……」

「俺は恨んでなんかない。むしろ、やっと素の母さんと出会えて良かったよ」

母はぽかんと口を開けて固まっている。

「どうしたの?」

「いや、う~ん……」

そういうと額に手を当て考え込みだした。

「素直に嬉しかったんだけど……そういうところは父さんに似てしまったのね」

「?」

「ちょっと複雑だわ」

何かを憂うように母はつぶやき、小さくため息をついた。

「それはともかく、私たちも前を向かないとね」

母は顔を上げ、覚悟を決めるように言った。

「うん」

自分もそれには同意だ。

「でも、どうしたらいいんだろ」

素直な疑問が口から零れ出る。

「そうね。あなたも気づいてるだろうけど、異能はなくせるものじゃない。だから、付き合い方を覚えてく必要がある」

「付き合い方ね」

彼女は静かにうなずく。

「異能は自覚の仕方が重要。できるだけ、その異能の本質を見極めて、正確に理解することが安定につながる」

「異能の本質……」

「異能は、自覚さえしてれば誤解した状態でも扱える。でも、その誤解が本質から離れるほど不安定になり、暴走を招くこともある」

母の目が一瞬鋭くなる。

「真也がやらなきゃいけないことは、真也の異能の本質を見極めること」

「……うん、それは分かったんだけどさ、具体的にどうすればいいの?」

「まあ、“心界”に行くしかないでしょうね」

「“しんかい”?」

耳慣れない言葉が頭を通り過ぎてゆく。

「異能が形成する精神世界のようなものよ。ただ、心界に入る感覚を掴むのは容易ではないわ」

「でも、やるしかないんでしょ?」

「うん、それが一番確実」

母はそれに確信を持っているようだ。

「容易ではないけど、感覚を掴む方法はある」

「というと?」

「他人の心界に一緒に入るの」

「えっ?」

それは自分の心界に入るよりも難しい気がするのだが。

「正確には、他人の心界に強制的に巻き込まれるといった感じ」

「巻き込まれるって……」

「まあ、最後まで聞きなさい。私たち3人は、自分の意志で心界を出入りできる。その時に異能の共鳴効果を利用して、あなたの異能を巻き込んで心界を開く。その状況だと異能同士がリンクしているから感覚も伝わる。その経験を繰り返すことで感覚を掴んでいく」

また、よく分からない理論が並び、行き場のない言葉が頭の中を右往左往している。

「という感じよ」

「うん、まったくイメージが湧かない!」

丁寧な説明ではあったが、率直な感想を返す。

「そうでしょうね」

母も納得している。
こちらが置いてきぼりになる感覚は雪峰さんとよく似ている。
さすがは姉弟。

「この話も、年明けからにしましょ。年末年始くらいは落ち着いて過ごしたい」

これまでの気疲れが口調にも表れる。

それには激しく同意だ。
今年は色々あり過ぎた。

「でも、大変ではあったけど、あなたの成長を感じられたのは本当に嬉しいわ。大きくなったわね」

そう言ってもらえるのは嬉しいけど、子供の方からすると、どんな反応をしていいか分からない。

「さっ、このオムハヤシを早く持って帰らないと。駄々をこねられたら、めんどくさい」

「そうだね」

父のその姿が容易に浮かぶ。

母の足取りが少し早くなった。
自分もそれに歩調を合わせる。

ふと、空を見上げると北極星が目に入る。
ちらっと横を覗くと母もそれを見つめているようだった。

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